力を入れている分野

私どもは、これまで一貫して「オータコイド」と称される一連の生体内活性物質の役割を解析してきた。神経伝達物質とホルモンのちょうど中間的な性質をもつ ①脂質メディエーター、特にアラキドン酸代謝物と ②ブラジキニン、アンギオテンシン、神経ペプチドのようなペプチドメディエーターを研究対象にし、多彩な生体内機能、病態時の役割を明らかにしてきた。基本的スタンスとして、生体内で機能を発揮する分子群の測定を行い、それらが意味ある濃度や発現量に達しているか、時間経過を踏まえたしっかりとした機能評価を行ってきた。基礎研究の成果は、臨床医学にフィードバックされるべきであり、最終的には疾患に悩む患者が恩恵を得なければ意味がないという信念のもと、病態解析に立脚した創薬のシーズを提供することを心掛けてきた。

主な研究成果の概要

    1)脈管新生生体内制御因子としてのPGの役割

     血管新生は、病的には各種増殖性炎症、潰瘍創傷治癒過程、固形腫瘍の増殖などの場合に生理的には発生の過程や性周期における子宮内膜の増殖の際にみられる生体反応であり、基底膜の分解から新生血管の形成に至る一連の生体反応である。血管新生は各種成長因子で調節される。prostaglandin(PG) も血管新生を増強することを明らかにした。Cyclooxgenase(COX)-2が増殖性の炎症巣に誘導され、これによって生成されたPGI2あるいはPGE2が血管新生を増殖することをスポンジ移植モデルを用いて報告した(BJP 2000)。さらにこの増殖性の変化で見られる血管新生に、実際にどのPGがどの受容体サブタイプを介して増強作用を持つか否かについては全く知見がなかったので、プロスタノイド受容体ノックアウトマウスを用いて検討を行った。in vivoにおける癌依存性の血管新生や癌腫増殖に関与するPGおよびその受容体の特定も行うことができた(JEM 2003、図1)。特に癌ではいわゆるストローマと呼ばれる宿主由来の組織におけるPGE2による血管内皮増殖因子vascular endothelial growth factor(VEGF)のup-regulationが重要であることを見いだすことに成功した。成果の主だったところは総説Tips(2003)にまとめることができた。

     リンパ管の存在は100年以上前から明らかにされていたにもかかわらず、血管系に比べ研究が遅れ、しばしば『未知なる組織』と呼ばれる。本格的に研究が進みはじめたのはここ10年ほどであり、現在も国内外で次々に新しい発見が続くホットな研究領域である。炎症時のリンパ管新生が、マクロファージ上のPG受容体シグナルによるリンパ管新生因子(VEGF-CおよびD)の産生亢進により誘導されることを見出した(ATVB2011)。また、下肢あるいは上肢のリンパ性浮腫をもたらすがんの外科的治療に伴うリンパ節郭清マウスモデルを開発し、PGE2がリンパ管新生とリンパ流の増加を介して浮腫を解消することを報告した(Lab Invest 2011、図2)。PG受容体アゴニストの浮腫治療への応用が大いに期待できる成果であった。

     また、がんのリンパ行性転移についての研究を進めてきた。PGE2がストローマでのリンパ管新生をEP3/4のシグナルを用いて増強させていること(Biomed. Pharmaco. 2010)、所属リンパ節へ転移を助長する前転移ニッチェがCOX-2/EP3依存的に形成されることを見いだした(JCI 2014、図3)。加えて、腫瘍細胞がPGE2をはじめとする炎症性メディエーターを介して、ケモカインシグナルを活性化することにより、免疫細胞や腫瘍関連線維芽細胞を骨髄から動員し、がん進展を亢進することを報告した(AJP 2010)。

    2)腎カリクレインキニン系およびCOX-2による高血圧発症抑制

     食生活等の欧米化に伴い、循環器疾患の発症率をいかに抑えるかが問題になってきている。高血圧症はサイレントキラーといわれるように、特に自覚症状もなく突然脳出血や心筋梗塞をおこすという日頃の管理が重要な生活習慣病である。現在、日本では、1900万人の罹患者がいると言われている。カリクレインキニン系の抗高血圧作用の本質を明らかにしてきたが、新しい概念を持った高血圧治療薬、特に高血圧の発症段階に有用な抗高血圧薬(予防薬)の開発に通じる研究課題である。既にリードコンパウンドを特定していることもあり、今後の発展性も大いに期待される。

     キニンは、その強力な細動脈拡張作用から、血管拡張作用を介する降圧物質としてとらえられがちであった。しかし、血中内因性キニンレベルは降圧物質を示すキニンレベルに比べ数十分の一にすぎず、キニンの血圧調節に対する役割は単純でない。一方、腎では遠位尿細管から分泌されたカリクレインが、同じく尿細管からぶんぴつされるキニン前駆蛋白質キニノゲン分子を限定分解してキニンが生成される。生成されたキニンは集合管に分布するB2レセプターに結合し、同部での水ナトリウムの再吸収を抑制する(図4)。本研究の成果は、Hypertension、Tips等に発表したが、キニン系の降圧作用は、血管拡張作用ではなく、むしろ腎での水ナトリウム排泄増大によることを明らかにしてきた。しかも、この作用は、ナトリウム負荷時あるいはレニンアンギオテンシン系が機能亢進した場合に限って発揮される。いわば生体にとって安全弁のごとく作用し、高血圧の発症を抑制する。本研究で用いたBrown Norway Katholiekラットはキニノゲン分子を欠くラットである。このため、カリクレインが分泌されても、腎ではキニンは生成されない。いわば天然のノックアウト動物ともいえるラットを、世界で唯一高血圧実験に用いてきた。北里の名を冠した同系の正常ラットBrown Norway Kitasato ラットと比較することにより、キニン系の生体内での働きを明らかにしてきた。

     キニン以外にも PG の抗高血圧作用に関しても検討を行った。従来、腎では発現が見られないと考えられてきた誘導型COX-2が、腎血管性高血圧モデルでレニンの遊離増大に大きな役割を持つことが判明した。

    3)PGと神経ペプチドの相互作用に関する研究

     エタノール(Et-OH)をマウス腎内腔に投与すると、赤色を呈する胃粘膜障害がみられる。その過程を生体顕微鏡でリアルタイムで観察すると、粘膜障害の本質は「出血」ではなく、集合細静脈が収縮したために引き起こされた粘膜の「鬱血」であることがわかる (APT 1999)。胃粘膜肥満細胞由来のロイコトリエンC4(LTC4)が、集合細静脈の収縮を引き起こしている (AJP 2008)。

     Et-OH胃粘膜障害は、赤唐辛子の辛味成分であるカプサイシンCapsaicinを胃内腔に前もって投与しておくと抑制される。カプサイシンは知覚神経末端からニューロペプタイドのサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)を遊離させるが、中でもCGRPは遊離量が豊富で粘膜障害を抑制する (APT 2000)。

     また、胃内腔の浸透圧をあげると、胃壁内でプロスタグランジン(PG)I2およびE2が生成される。実験的には1MNaCl溶液を用いているが、この浸透圧刺激をしたあとに、Et-OHを胃に暴露しても、カプサイシンと同様に胃粘膜障害が強く抑制される(Gastroenterology 2001、図5)。1MNaCl溶液で生成されたPGには、テトラガストリンで刺激された胃酸分泌、および胃壁の進展に伴う反射性の胃平滑筋収縮、共に抑制する作用があるが、それらとは別に、Et-OH投与時のCGRP遊離量を増加させる「ニューロモデュレーター」としての作用がPGI2にある。この増大したCGRPが粘膜障害を抑制したと考えられる。これらはプロスタノイド受容体ノックマウスを用いて調べられた(Gastroenterology 2001, Gut 2003)。全消化管には中枢神経系に匹敵する数の神経細胞が含まれ、しばしばsecond brainと呼ばれる。一連の成績は、神経系特に知覚神経の消化管における生体防御系(ニューロナルエマージェンシーシステム)としての重要性を認識させるものである。

 CGRPは血管新生(PNAS 2008、Gastroenterology 2008 、図6)、リンパ管新生(Faseb J 2014、Lab Invest 2019)を増強する作用があり、病態の進展や治癒に関与していることが判明した。詳細は総説Tips 2019を参照されたい。

    4)臓器微小循環の研究

     心臓と血管から構成される循環器の基本的な役割は,血液を循環させることによって身体の各臓器・組織を形作る細胞の生命維持・活動に必要な酸素と栄養素を供給し,またそこで産生された代謝産物・老廃物を搬出することである。そのためには体のすみずみまで張り巡らされた微小循環系が重要であり、この微小循環系の輸送機能によって生物個体の内部環境が維持されている。さらに,微小循環系は多くの病態の進展に関与するため、脳、眼球、唾液腺、肺、胃、腸、膵臓、肝臓、筋肉などの微小循環を研究対象としてきた

     肝虚血再灌流やエンドトキシン血症などにおいてみられる肝障害の発生は肝微小循環障害が原因の1つと考えられる。マウスを用いて肝微小循環を生体顕微鏡により直接観察し、血管作動性物質に対する肝微小血管の反応やエンドトキシン、サイトカイン投与に対する肝微小管反応(肝類洞への白血球の接着、類同灌流の変化)について検討し、炎症性サイトカイン(TNF、IL-1)が肝微小循環障害に関与していることを報告した (Shock 2002)。エンドトキシン高感受性マウスでは、エンドトキシン投与後に肝類洞への白血球の接着、類洞灌流血液量の減少が観察され、血清GPTレベルの増大がおこる。この際には、血中TNFα、IL-1レベルの増加がみられた。同マウスではLFA-1、ICAM-1を介する肝類洞への白血球の接着が有意に抑制されていた。エンドトキシン高感受性マウスにTNFαおよびIL-1の産生を抑制すると、肝類洞への白血球の接着、類洞灌流血液量の減少、血清GTPレベルの増大の全てが有意に抑制された。

     さらに、このモデルにおける好中球エラスターゼの関与(Shock 2002)、およびプロスタグランジンの関与を調べてた。特に後者については、プロスタノイド受容体欠損マウスを用いて検討を加えている(Hepatol 2009)。

     エンドトキシン投与以外にも、肝虚血再灌流(肝部分温阻血)を行い、生体顕微鏡を用いて肝微小循環を観察し、類洞および肝中心静脈に接着した白血球数や類洞灌流を測定した。また、組織の修復にPGやLTが役割を持つこともいくつかのモデルで見出すことができた(J Hepatol 2018 図7、Sci. Rep. 2016)。

     他に、胃や小腸などの消化管粘膜の微小循環(APT 1999、APT 2000)や血栓形成(JCI 2004)を調べてきた。

無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう